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御留菓子 玄々斎と竹斎


床の間に掛けられた軸に、次の言葉が優雅に綴られている。

「花を友とし 実を友とし 味を友とす」

その下には、「益友糖」「三友餅」「二見浦」という三種の菓子銘が並び、それぞれに賛辞が添えられている。

この掛け軸を今に伝えるのは、松阪市射和の豪商であり篤志家でもあった竹川竹斎(1809〜1882)の子孫、竹川裕久さんである。竹斎が創設した私立図書館「射和文庫」(竹川邸)は、現在も三重県および松阪市の文化財に指定され、子孫の手で大切に守り続けられている。

この有名な言葉は、江戸後期から明治初期にかけて活躍した裏千家十一代家元・玄々斎精中(1810〜1877)が特に好んだ菓子「三友餅」に添えられた賛である。

三友餅は、玄々斎の弟子であり後援者でもあった竹斎の邸に二週間滞在した折、特別に作らせた三種の菓子の一つだ。竹斎の熱望に応え、玄々斎自らがそれぞれの菓子に賛を揮毫したのだろう。

残念ながら「益友糖」と「二見浦」は伝わっていない。現在、この三友餅を作り続けているのは、竹川家の裏手にある老舗和菓子店「白子屋」だけである。

三友餅は、三重県の伝統野菜「伊勢芋」を主役に、砂糖と練り合わせて練薯蕷(ねりじょうよ)とし、白餡を包み、上に芥子の実をまぶしたもの。やんわりとした三味胴型で軽く押して成形する。

見た目はどっしりと重厚だが、一口含めば、伊勢芋の澄んだ素朴な味わいが広がり、芥子の香ばしさと白餡の柔らかな甘みが絶妙に調和して、するりと喉を通っていく。

まさに伊勢芋・白餡・芥子の実が三位一体となった「三友」の菓子である。

私たちが三友餅に出会える機会は極めて限られている。竹川家に関わる茶会や特別な行事に招かれたときだけ、ひっそりと姿を現すからだ。玄々斎と竹斎の深い絆から生まれたこの菓子は、竹川家だけに許された特別な存在であり、まさに幻の菓子と言って過言ではない。

こうした、特定の縁者以外には製造を許されず、代々秘かに受け継がれてきた菓子を「御留菓子」と呼ぶ。

「御留」とは、禁止の意味を持つ「留」に敬意を表す「御」を冠した言葉で、元来は将軍や大名など高位の者が禁じたものを指した。「御留場」「御留筆」「御留焼」などの語も古くから残っている。

ただし「御留菓子」という呼称自体は、実は比較的新しい造語である。茶道の世界では古来「御好み」「好み」という表現が用いられてきたからだろう。

それでも「御留菓子」という言葉には、かつての偉人たちへの敬意が込められている。江戸時代、茶道を隆盛に導いた茶の宗匠、大名や武家、そして彼らの要望を支えた商人・菓匠たちの、菓子に注いだ特別な想いを、今に伝える響きなのである。

菓子は、素材や技だけではない。そこで紡がれてきた文化と歴史に思いを馳せてこそ、その一欠けが心の奥深くまで沁み入る。

幕末の動乱を共に生き抜いた玄々斎と竹斎の友情に想いを馳せながら、三友餅を静かに口に運ぶ。甘みとともに、遠い時代からのロマンが静かに広がっていく。

濃茶をひと口

ただ、静寂と至福だけが、そこに在る。

そして、顔をそっと上げた瞬間

止まっていた時が、再び動き出す。

 


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